第28回毎月短歌・自選部門(選者:伊藤汰玖さん)

毎月短歌28、自選部門、選者:伊藤汰玖さんの選評です
次世代短歌 2025.12.08
誰でも

[次世代短歌プレミアム]

はじめまして、伊藤汰玖(いとう・たく)と申します。

作歌を始めて気づけば十年余り。寡作ながら年に数回、所属している「かばん」の月詠に参加したり、新人賞に連作を応募したりしています。

このたび第28回毎月短歌「自選」部門の選者を担当することになりました。恐縮ですが、開き直ってやってみようと思います。

一席

 トイレットペーパーを三角に折るヤツがいるのかオレらの中に/岡田道一

生活習慣の違いに他者性を見て動揺してしまう心境、よくわかります。〈トイレットペーパーを三角に折る〉ことがちょっとした悪事であるかのような不穏な言い様に、作者の遊び心を感じました。

どんなに親しい間柄でも、人には必ず不可知の領域があるもの。他者と共存することの難しさと面白さを同時に味わえるような一首です。

二席

 どの花も国ごとに違う花言葉 私 どこでも咲けると思う/Umi.

無数にある価値観の間隙を飛び石のように渡っていこうとする〈私〉の軽やかさが眩しい一首。運命の分岐の手前にいて、可能性だけが広がっている。そんな〈私〉から感じるのは無邪気な楽観性ではなく、どんな巡り合わせもポジティブに捉え直してやろうという強かな柔軟性です。

既に名歌の風格を備えた作品だと思います。

三席

 本当は帰りたかった二次会は「ハイ!」だけ参加ウルトラソウル/アリタ別館

内心のローテンションを振り切って盛り上げ要員を担う健気さに笑いました。人間関係に奮闘する作中主体の、哀しくも愛おしい「ハイ!」のシャウトが聴こえてきます。シュールな状況の中で〈ウルトラソウル〉という結句が最高の切れ味を発揮しています。

佳作(五首)

 春までは共に歌った友達の春とは違う喉の出っ張り/まさけ

変声期を迎えた〈友達〉は別の歌唱パートに移ったのか、あるいは歌唱そのものから離れてしまったのか。二次性徴に翻弄される少年たちの儚い青春が活写されています。結句で〈喉の出っ張り〉にフォーカスすることで景の鮮やかな作品に仕上がっています。

 ごめんねにわかったとだけ返されてまだ半分も許されてない/ベーグル

場の主導権は相手にあり、こちらはただじっと許しを待っている。言葉の上では簡素なやりとりですが、おそらく表情や声色といった非言語の領域を総動員し、主体は〈まだ半分も許されてない〉ことを知覚する。人と人との高度なコミュニケーションが緊張感をともなって見事に描き出されています。

 フラスコの中で小さな雲を生む神様修行2限目のこと/琴里梨央

「創世記」の順序通りなら1限目は光を生む修行だったのでしょうか。神様になるためカリキュラムがあるらしい夢幻的な世界観に〈フラスコの中で〉という細部がリアリティを与えています。

 父じゃない人に惹かれてネクタイの新たな結び方をみている/あをい

〈ネクタイ〉を共通項に、視線の対象が父から〈父じゃない人〉へと移り変わるイメージは、映像編集におけるマッチカットのようです。ラストの〈みている〉も印象的ですね。〈新たな結び方〉への興味と相手への想いがそのまなざしに凝縮されていて、読者の心に深く余韻を残します。

 多分おれ遠隔操作されている泣く君の手を握ってしまう/てん

人間の心の大部分は無意識によって占められています。無意識下の感情に促されて思わず行動してしまうときの夢遊病的な体感を〈遠隔操作〉に喩えているところが巧みです。

その他の惹かれた歌

 雨になる雨となみだになる雨とどうせ混ざってしまう日だった/青野 朔

状況に抗う気力を失い、世界に身を委ねる作中主体。悲しみと無力感と、おそらくは微かな心地よさとが、すべて〈雨〉として混ざり合っている。そんな諦観が〈どうせ〜だった〉という率直な言い回しによって表現されています。

 水道の水が飲めない標準語いつになったら話せるだろう/北野白熊

「水が合わない」という慣用句がありますが、〈水道の水が飲めない〉とすることで都市生活への違和感がよりリアルに伝わってきます。水にも言葉にも馴染めない生きづらさがどこか淡々と表明されていて、そのクールさもまたリアルだと感じました。

 巡回の夜間警備員電灯を窓へかざして星ひとつ生む/宇井モナミ

おそらく生んだ本人も気づいていない、かりそめの星。〈夜間警備員〉の過ごす孤独な時間が、まるごと歌に封じ込められています。星のように静かで美しい印象を持ちました。

 新しくできたラウンドアバウトを使ってバスのルートは変わる/亀田巧

町の変化につれて暮らしも変化します。複数の句跨りが動きを生み、〈ルートは変わる〉という結句に視覚的なダイナミズムを加えています。シンプルな言葉遣いが風通しのよさに繋がっていて、好きな作品です。

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以上です。素敵な歌にたくさん出会えたことが、なにより嬉しいです。これからもお互いに、短歌でしか表現できないなにかを短歌にしていきましょう。ありがとうございました!

伊藤汰玖

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