【短歌とエッセイ】toron*「棚倉さんと就職活動」

歌人のtoron*さんより昨晩届いた書き下ろしの短歌+エッセイをおとどけします
短歌マガジン 2024.07.25
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■歌人プロフィール

toron*(とろん) @toron0503

大阪府豊中市生まれ。うたの日育ち。塔短歌会、短歌ユニットたんたん拍子、Orion所属。第1歌集『イマジナシオン』(書肆侃侃房)。

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[短歌とエッセイ]

棚倉さんと就職活動

   toron*

 コンビニの斜向かいにもコンビニがあるから薄い星の輪郭

「もう慣れてきてるから、あ、おるな、と思うたら意識して視界から消したりできるんよ。相手してくれると思って寄ってくるときもあるけど、無視せなあかん」

 と、棚倉さんは早朝のコンビニのレジカウンターのなかで教えてくれた。

 駅前の、青い看板のコンビニである。朝のピーク時はレジの列が壁際のドリンクの棚にまで伸びていることもざらだったが、出勤後と退勤前30分くらいは、軽い雑談のできる余裕もあった。

「それって、家のなかにいたりとかするんですか」

「おるときもあるね……上の娘は何も感じてないみたいやけど、下の娘はわたしの血が強いんか、たまに壁の隅を眼で追ってたりするんよね」

 霊の話である。

 棚倉さんは霊感がある、らしい。棚倉さんの母親の方にそういう性質があって、自分と妹も霊感があるのだけれど、棚倉さんの上の娘と下の娘は父親が違うからか、そっちには完全に遺伝しなかったのだという。

 最初は霊の話だったのになにやら複雑な家庭環境の話になってきた。

 どこまで踏み込んでいいのか自信がなく、適当な相槌を入れながらレジ接客をしていると、棚倉さんの上の娘の父親である元旦那さんは棚倉さんと40歳くらい離れていること、下の娘はその旦那さんと離婚してからできた子で、結婚できなかったけどまだ同じマンションの下の階に住んでいるという話にまで及んできた。

 おれはいったいなんの告白を受けているんだ……と思いながらも話のつづきが気になって仕方がなくなっているうちに、6時から9時までのシフトは終了した。次のシフトと交代すると棚倉さんは次の職場まで颯爽とチャリを飛ばして行ってしまう。シングルマザーでバイトを掛け持ちしているからなのだけど、それがなくても現在を生きている、という感じのひとである。

 自分の方は電車で帰宅する。

 平日は正社員として働いているので、ねむさとだるさがそのころ常にあった。正社員になってからもコンビニでアルバイトを続けていたのは、正社員のあまりの給与の低さということもあったが、人手の足りない状況で辞めることを切り出したりすると、何か叱責されるのでは、という謎の恐怖があったからだ。

 今ふりかえってみると、そんな恐怖は全くの杞憂でしかないのだけれど、当時の自分は自己肯定感と自信がほぼゼロになっていて、自分で決定することに対してすべてに怖さがあった。

 就職活動で200社ほどエントリーして面接までこぎつけた約100社、そのすべてに落ちた。あらゆる業種と職種を受けていたし、なかには最終面接までこぎつけたものもあったりしたので、何が駄目だったのかよく解らない。当時は今ほど売手市場ではなかったが、氷河期からは脱していて、自分ほど苦戦している人は見かけなかった。

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