短歌の日大賞2025・テーマ「肉」(選者:土居文恵)選評発表
[次世代短歌プレミアム]
短歌の日大賞・毎日選評2025 選者の土居文恵さんより、選評原稿をお送りいただきましたので、そのまま原稿を掲載いたします。

短歌の日大賞・毎日選評2025
テーマ『肉』
土居文恵 選
特選
懐の夕焼けひとつ取り出して中濃ソースをぽつりと垂らす やまぐちわたる
<評>
「懐の夕焼けひとつ」に詩情がある。この歌のなかで「懐」はきっと自身の肉体や精神世界を表しており、肉体を離れた瞬間に「ひとつ」と数えられる儚い存在に変貌を遂げる。「夕焼け」という時間帯からも何かしらの後悔や心残り、郷愁などが伺える。
そこに落とした一滴の中濃ソースは、何かしらのピリオドのようで切ない。
入賞
わたくしが私である証明に押した朱肉の血のごとき赤 ベーグル
<評>
印鑑の上下の向きは、天地とも表現される。結句の「血のごとき赤」からも啓示めいたものを感じたが、歌の腰にある「証明」という表現からも、何か人生を左右するような重要な契約書類に押した印であると読んだ。名を印で押すとき、自身を投影させた分身を生み出したような感覚に陥ったのであろう。歌全体の雰囲気がミステリアスで魅力的。
入賞
たんぽぽの綿毛のように肉体を離れて芽吹く人のやさしさ 浅寝むい
<評>
「やさしさ」とは、放たれた瞬間にその人の肉体を離れるという鋭い観察眼。また、それを「たんぽぽの綿毛」と表現した比喩が巧みな一首。「やさしさ」という広義な表現も、「綿毛」というモチーフと上手く呼応している。
入賞
夏の陽に目を細めれば夕さりを乞われてわれは檸檬の果肉 塩野抄
<評>
夏の一日は長く、なかなか夕焼けがやってこない感覚に陥ることがある。「目を細める」ことは少し自身の夏の日差しを和らげる行為。それを「夕さりを乞われて」と表現したのだと読んだ。檸檬は他の果実に比べてもいつまでも固い印象で、その中の果肉は、厚い皮に閉ざされて何かを待ったままである。切なさと美しさが調和した一首。
入賞
「国破れて山河あり」青椒肉絲お前の名に見る絶景 川瀬十萠子
<評>
本来ならその場ですぐに食べられて終わりであるはずの青椒肉絲。冒頭の杜甫の詩の「国」のように、消え失せてしまう存在であるにも関わらず、その立派な漢字の並びだけを見ると確かに中国の草木深い風景が浮かんでくる。名前を得るということは「消えないもの」に変化することなのかも知れないと気付かされた一首。
佳作
肉の体まちがいさがしの片方の絵の中にいるみたいなひずみ 白石ポピー
アガベアロエユーフォルビア水と愛は少しでいい陽だまりがあれば 古井 朔
肉骨血毛爪集めて作ってよ僕に憎しみもう混ぜないで 深上鴻一
(選・土居文恵)
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