山本夏子・短歌のひみつ「名前に秘められたもの」

今回は歌人 山本夏子さんの短歌のひみつをおとどけします
短歌マガジン 2024.12.23
誰でも

[次世代短歌プレミアム]

■歌人プロフィール

山本夏子(やまもとなつこ) @yamamotonatsuko

「白珠」所属、「半券」同人。2016年、第四回現代短歌社賞。第一歌集『空を鳴らして』(現代短歌社)。うさぎと空とBUMP OF CHICKENを愛しています。

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[短歌のひみつ]

名前に秘められたもの

  山本夏子

 生まれてくる子どもに名前をつけるとき、こんなに怖いことはないと思った。長い間おなかのなかにいるとはいえ、まだ顔も見たことがない、性格も知らない人の名前を考える。わかっているのは性別と生まれてくる季節だけ。どんな短歌を作るときよりもたくさん辞書をめくった。音の響きを考え、漢字の組み合わせを考え、意味を込め、願いを込め、最後には姓名判断でも占ってもらった。子どもの顔を見てはじめてその名前を呼んだとき、これしかないと確信した。

 考え抜いて決めたけれど、この名前が原因でいじめられたり不幸になったりしたらどうしよう、という不安はずっとある。名前に託した親の祈りが、子どもにとって呪いにならないことを願っている。

 自分の名前が嫌いだ、という人の気持ちもよくわかる。わたしもどれだけ「子」がつかない名前に憧れてきたことか。小学生のとき、名前の由来を親に聞くという宿題があった。当時流行っていた資生堂のCM曲からつけたと言われ、「そんな適当につけたの?」と思っていたけれど、自分が親になって子どもの名前を考えることになったとき、わたしにこの名前をつけたいと思った親の、ほんとうの気持ちがようやく理解できた気がした。

 笹井宏之さんは、「新聞に名前が載るとおじいちゃん、おばあちゃんが喜んでくれるから」と、佐賀新聞には本名で投稿されていた。本名には思いがけない人に見つけてもらえる喜びがある。

 今、一緒に同人誌『半券』を作っているとみいえひろこさんは、小中学校の同級生。卒業してから会うことは一度もなかったのに、現代短歌社賞を受賞したわたしの名前に気がついて、とみいえさんが声をかけてくれた。とみいえさんは名字が変わってしまっていたので、もしわたしが筆名を使っていたら『半券』が生まれることはなかっただろう。本名が引き合わせてくれた23年ぶりの再会が、人生を変えてくれた。

 かっこいい筆名に憧れることもあるけれど、名前がかっこよくても作品が良くなければかっこ悪いし、作品が良ければ名前もかっこよく思えてくる。

 第70回江戸川乱歩賞では、2次予選を通過した応募者の「がにまた」という筆名が、真面目につけたとは思えないという理由で減点対象となった。「がにまた」は幼い頃からのあだ名だという。あだ名で呼び合う幼い頃からの関係性を筆名にするほど大切にしているなんて、こんなに尊いことはないと思うのだけれど。

 本名にしても筆名にしても、その名前を名乗るからには理由があって、そこには生きざまがある。他人が否定していいものではないし、そんな人の言葉に傷つく必要もない。創作の覚悟を背負ったあなたの名前には、誰にも穢されることのない価値があるのだから。

(山本夏子)

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