熊谷友紀子・自選短歌集
[次世代短歌プレミアム]
■歌人プロフィール
熊谷友紀子(くまがい・ゆきこ) @kumagai____
二〇〇一年生。中学時代より短歌をはじめる。主な受賞歴に第四十六回全国短歌大会大会賞、第三十回歌壇賞最終候補などがある。
[熊谷友紀子・作品集]
自選短歌集
熊谷友紀子
天国は硝子の塔というひとのゆびさき絆創膏にまみれて
素描あまた引き裂いたのちひるがおの淡き反射に落とすくちびる
青年みな果実に堕ちてわれひとり眸に青きひかりを活ける
春の来るそのひとときの泥濘に呼吸をとめている老夫婦
ほほえみ、と呼ばれてやってきた鳥をまた砂にしてしまう ほほえみ
いちめんの麦群青にふぶかれてわたくしという約束を弾く
ふいに手を翡翠のようにのせられて我よりさきに笑む藁帽子
たましいの名づけに疲れ青空の袂で睡っている天使たち
やわらかに禁忌に染まりゆくひとの手に合鍵を握らせている
聖歌のための装置ではなくうたごえは淡きからだを挿す硝子瓶
くちびるの予感に飽きた天女らが水面の襞で奏でるカノン
おまえという最も青き建築のうえでわたしは羽繕う鶸
約束のような月日の手を握り午睡のなかを恋人がふる
蒼天に同じ香りの血を交わす砕片として生まれた我ら
きんいろのことぶれとして孵りゆく我らに栞する光の手
血に洗われて洗われて我という名もなき塔に金の雨ふる
炎やされる悦び知らぬ馬たちはみな蒼天に打ちあげられて
空の眼に織られてねむる少女らを包むはるかな予兆の翳り
かなしみを映す湖面にきしる馬車 天を研けば透けるばかりよ
ほほえみの絶える啓示を弔って空の看守が敬礼をする
てのひらにてのひらを射る そのようにわたしに注ぎ入る鎮魂歌
しろき四肢もちて子を抱く微風に教わる天の施錠のしかた
金糸で天啓を編む貴婦人の眼の礼やかに殉死を告げる
ゆるされてしまう予感に耐えかねて天の写生をするこどもたち
生は錘 沈みゆくほどよろこびは濡れてつめたき氷を纏う
清らかになりたいという鳥たちにかなしみかたを渡して睡る
さだめではなく牙を持つ性として空の毛皮を狩る獣たち
睡るものみな像となる昏冥に夜が私の血を梳いてゆく
あおぞらは祖なれば我ら神典にことぶれとして注がれるのみ
天景に我熾されて詩篇とは焚べられながら微笑むものよ
(熊谷友紀子)
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