第17回毎月短歌・連作部門(選者:森本 有さん)選評発表

ネット月詠「第17回毎月短歌」,連作部門,選者:森本有さんの選評です
短歌マガジン 2024.12.17
読者限定

[次世代短歌プレミアム]

(選者の原稿を預かり、編集部で記事化させていただきました)

 皆さんこんにちは、森本有です。

 先月の「毎月短歌16」に引き続き、連作部門の選をさせていただきました。

 この前一人で平和園に行ったんですが、緊張してしまって短歌のノートに書けませんでした。今度は誰かと一緒に行きたいです。

 今回は特に私が好きだったものとして5つの連作を「超特選」「特選」「準特選」としました。

早速ですが発表します。

超特選:

 lost baggage / 宇佐田灰加

特選(2作品):

 生前葬のつづき / 小野小乃々

 声 / 中村 杏

準特選(2作品)

 川辺 / えふぇ

 何でもないです / 麻数

■選評

 選出した連作について、それぞれの評を以下に記します。

超特選 lost baggage / 宇佐田灰加

 まだ2回目ですが、宇佐田さんは私の選では殿堂入りにしたほうがいいんじゃないか?と思うくらいドンピシャで私の好きな連作を作る方ですね。作者名は見ないで選をしているのですが、確認したときは「ああ~やっぱりね」と思いました。

 日常の風景やものごとの隙間からふと立ち上がる喪失感がとても丁寧に描かれていました。失ったものへの静かな未練や痛みが全体を覆っている一方で、この手の連作にありがちな(?)独りよがりな感触もなかったです。全体として洗練された言葉選びと構成でまとまっており、引き込まれる作品でした。「lost baggage」というタイトルもいいですね。

  ビル風のつよく吹く街 風船が飛んでいくときわたしは港

「わたし」という港は風船が飛び立つ場所ですが、帰ってくる場所ではないでしょう。ビル風が吹く街の中で、主体は何かを送り出し、そして見送っています。風船に託すものは過去なのか未来なのか――いろんな読みができる素敵な一首です。

  何度でも朝陽が昇ってちょっと泣く lost baggage しつこいひかり

 ロスバゲは飛行機に乗っていて荷物が紛失してしまう悲しい出来事ですが、今回私はそれというよりも「置いてきてしまって、もう取りに帰れない荷物」のようなもの、思い出、への気持ちとして受け取りました。そして「しつこいひかり」という言葉が、その思いを締めくくります。明るさが逆に痛みを伴うときもありますよね。

特選(その1) 生前葬のつづき / 小野小乃々

 生きていながら次の生命への橋渡しをする「生前葬」というテーマ、この連作に流れるゆったりとした時間、すごいです。このテーマ、このレベルで30首、50首作れたら天下取れるんじゃないでしょうか。

  来年もこの木のしたで会いましょう生前葬のつづきのように

「生前葬」とは終わりの儀式ですが、その「つづき」として「来年も会いましょう」と続けることで、終わりを超えた希望が表れています。有限と無限が混じる瞬間を見た気がしました。

特選(その2) 声 / 中村 杏

 1首目の入り「何年も黒くない髪」を読んだときにもう「お、この連作はよさそうだぞ」と感じ、そして最後まで読んでもその印象は変わりませんでした。聴覚的・視覚的なイメージが豊かで、詩ってこういうものだよなと感じさせてくれる連作です。

  何年も黒くない髪 油絵の層を破って鳥の嘴

 「油絵の層」という表現は時間の堆積やあの独特の匂い、どこか閉塞的なイメージを与えます。そしてその中から「鳥の嘴」が突き破る瞬間に、再生が始まります。「何年も黒くない髪」という表現が、時間の流れとそれを受け止める主体の静かな強さを表しています。

準特選(その1) 川辺 / えふぇ

「川辺」を舞台に、生活感と抽象的な要素が交錯しています。単語選び、表現が上手で、作品全体に流れる柔らかい雰囲気が好きですね。もう少し歌を増やしたバージョンも読みたいです。

  you your you yours どれも私ではない でも水を掬いたかった

 一人称と二人称、自己と他者の間に横たわる距離感が、「水を掬いたかった」という動作で象徴されています。どのコップで掬い取ろうとしても自己の輪郭が零れ落ちていく、というアイデンティティの揺れみたいなものを読み取りました。

準特選(その2) 何でもないです / 麻数

 1首目がとても好きで選びました。「うわ~桜だ」で終わる歌ってすごくないですか?一見安易な終わりに見えるんですが、この「うわ~桜だ」がこの1首を突然詩にするんですよね。

  そういえば俺は桜が好きだっけ 思い出したのでうわ〜桜だ

 飾らない口語体と「うわ〜桜だ」という素直な感嘆が、逆に詩的な輝きを放っています。

詩は難しくなくてよくて、ただ一瞬の「うわ〜」を拾い上げること、それが詩の本質だと気づかされるようです。

以上です。

長くなってしまいましたが、読んでくださりありがとうございます。

それではまたどこかで。

森本 有(@forest_book_san

***

以下、入選全作品全文のご紹介です(編集部が追記しました)

[第17回毎月短歌・連作部門 超特選]

この記事は無料で続きを読めます

続きは、1185文字あります。
  • lost baggage
  • 生前葬のつづき
  • 川辺
  • 何でもないです

すでに登録された方はこちら

誰でも
【短歌日記】toron*「ナイフのように爪先立ちで」(第28回)12月...
誰でも
熊谷友紀子・自選短歌集
誰でも
【短歌募集】テーマ「鳥」─ 服部真里子「短歌まってます」
読者限定
田中翠香・2024年冬の時評「次世代の注目歌人たち」
誰でも
【短歌日記】toron*「ナイフのように爪先立ちで」(第27回)11月...
読者限定
服部真里子「短歌まってます」テーマ:蝉 選評
誰でも
よしなに・自選短歌集
誰でも
猫背の犬・自選短歌集