【短歌のひみつ】服部真里子「ここで一首!」と言われたら
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■歌人プロフィール
服部真里子(はっとりまりこ) @hanzodayo
1987年横浜生まれ。第一歌集『行け広野へと』(2014年、本阿弥書店)にて、第21回日本歌人クラブ新人賞、第59回現代歌人協会賞。第二歌集『遠くの敵や硝子を』(2018年、書肆侃侃房)。
[短歌のひみつ]
「ここで一首!」と言われたら
服部真里子
短歌をやっていることを短歌以外の所属コミュニティでオープンにしている人、あるいははからずもオープンにするはめに陥ってしまった人が、必ずといっていいほど直面する問題──それが「ここで一首! 笑」問題である。
さまざまなケースを見聞きしてきたが、ひとつはっきりしているのは、これを言われていい気持ちになった人はいないということだ。なので、掲載媒体の性格上まずいないとは思うが、もし万が一これを読んでいる人で、職場の短歌やってるっぽい人にこの言葉を投げかけてみようかなと考えている人がいたら、悪いこと言わないからやめときなさい。
なぜいい気持ちがしないのか。ひとつには、普通に難しすぎて無理だし、できたとしても大していい歌でない可能性が高いし、もしも一生に一度レベルのミラクルが起きていい歌ができたとしても、「ふーん。よくわかんないや。笑」みたいなうっすい反応で終わって、場が全く盛り上がらないからだろう。無駄に頑張らされた挙句、残るのは自分で読んで自己肯定感が下がるようなレベルの歌と、微妙な空気だけである。どう転んでも何も得るものがない。
もうひとつには、「ここで一首! 笑」という振り方に、こっちがそれなりに大事にしている短歌というものを、雑に扱われたような印象を受けるからだろう。もしこれが、「あなたがどんな短歌を、どのような思考を経て、どんなふうに作るのか興味がある。創作物を人に見せるというのはとてもデリケートなことだから、もちろん無理にとは言わないが、もし差し支えなければここで一首、作ってみていただけないだろうか」だったら、また話は違ってくるのではないか。いやこれはこれであれか。
いい気持ちがしない理由はわかったので、次はどう対処するかである。即詠したところで負け戦だが、「無理です」と無碍に断ってもやはり空気が悪くなる。いったい、どう切り抜けるのが正解なのか。
ここで思い出してほしいのが、「ドリルを買いに来る客が本当に求めているものは、ドリルではなく、穴だ」という格言である。何が言いたいのかというと、「ここで一首! 笑」と振ってくる人が本当に求めているのは、「一首」ではないということだ。では、彼らにとっての「穴」とは何か? コミュニケーションである。彼らは、あなたとコミュニケーションがとりたいのだ。
だからあなたは、貴重な労力と自己肯定感を削ってまで、律儀に一首を差し出してやる必要はない。というかむしろ、本当の意味で相手を思いやるなら、差し出すべきではないとすら言える。それは彼らが真に求めているものではないからである。
対処法として一番おすすめなのは、人が大事にしているものを雑に扱うようなコミュニケーションの取り方をする人間との関係性などさっさと切ってしまうことだが、なかなかそうもいかない局面に備えて、角の立たない秘密の逃げ口上をお教えしよう。