【連作】塩本抄「微温」&自選短歌集
[次世代短歌プレミアム]

■歌人プロフィール
塩本抄(しおもとしょう) @tankanosio
2021年3月から短歌を詠んでいます。マイペース歌人会、A短歌会に所属。ときどきうたの日。ふだん石川、たまに長野にいます。土地やふるさとへの想いが詰まった短歌が好き。#ふるさとうた で教えてくださいね。
[新作・連作]
微温
塩本抄
天井の隅に犇くかたつむりたち虹色に瓦解してゆく
あるいは花、破片が破片を映しあうときその奥にいる永遠の
二度と会えないゆめばかり伸ばす手の創にやさしく蝶は降り立つ
まひるまに産毛は揺れて横たわるものにはわかる微かな温度
岸辺から離れたかじかの声を待つ そう 息遣いをなるべく伏せて
カーテンの波打際の眩しさをそういう虫と教えてくれた
(塩本抄)
■塩本抄自選短歌集
遠足のしおりみたいに近況を揃えて夜と君を待ってた
もやひとつずつ手触りを確かめてから雲にする 電話をかける
おままごとしましょう僕が月として君は花です。こんばんは、はな
夜勤あけの朝陽は缶に反射して鯖の水煮のたしかな塩気
内陸の冬に触れたる友の云うぴしぴし寒いを撫でてみる 風
穏やかな暮らしのためにスポンジでつめたく擦るシンクのぬめり
この先に咲くリンドウのことを伏せ君と並んで立つ望湖台
ふるえてる君の「またね」がこの夏でいちばん寿命の長い傘です
幾たびも淑やかであれと波よせてなずきに育つ塩の結晶
雪の日にもらった手紙を読み返すわずかに息を止めたい朝に
空調にふるえる端の、見てほしい、こんなに頼りない証明書
空咳のような詩をまた書き留めて雨季の匂いが今は恋しい
コロッケを買いに行くだけ鳩胸と猫背がひとつの傘に並んで
二日目のポトフみたいな世界のほうがほんとう。たまに眼鏡を外す
眠る街を木琴として牡丹雪がぼろん、ぼろんと奏でていたり
握ったり開いたりして不思議だろうそれはお前の世界をつくる
この家はいっとう閑かショートへと祖父を預けて新月の母
ベランダをおおらかそうに揺れていたタオルのほつれ糸を捉える
食べさせて寝かせてローカル番組の始まった午後四時の昼食
水稲のはるかに揺れてさみどりの縞馬の背に留まる鶺鴒
どっちでもいいけどかるいさわと読むとき立ちのぼる朝霧の濃さ
寝る前にきみが生まれた日のことを語れば夜はやわらかな藍
笹舟は海へ行けるか川底の藻草たなびく安曇野の春
黄金なる卵よりサクラマスあふれ九頭竜川は春を帯びたり
あまたなる雲の鱗をつらぬいて飛行機は矢のように還りぬ
離職した同期について語りあうミモザサラダを分けあいながら
ひとしきり星座の話をした空に意味しかなくてずっと見てる火
三人でまずは山葵を擦りおろすみな告白を持ち寄りながら
雪、潟湖、羽ばたく鴨の終わらない連想ゲームずっと光って
弟の歩みは遅いひとつひとつ路傍の神に頭を下げて
(塩本抄)
■『次世代短歌プレミアム』アーカイブより
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