【新作】守谷直紀「祖母歴43年」短歌とエッセイ
[次世代短歌プレミアム]
■守谷直紀さんプロフィール
守谷直紀(もりたになおき)
1975年生まれ、兵庫県在住、コピーライター。錦鯉のM−1優勝に背中を押され2022年正月に「歌人になりたい!」と作歌を開始。第6回笹井宏之賞(山田航賞)、第70回朝日広告賞入選、第58回宣伝会議賞(眞木準賞)など。 https://x.com/moripanic3
[短歌とエッセイ]
「祖母歴43年」 守谷直紀
ばあちゃん。大正生まれ。99まで生きた。
同居していた伊丹の家の台所(キッチンではなくもろ昭和の)でみじん切りをする後ろ姿を見上げていたのが、僕が覚えているばあちゃんの最初の記憶だ。サザエさんっぽいパーマの髪型、でっぷりとしたお尻、腰で蝶結びをしたエプロン。その頃からすでにばあちゃんだった。計算するとおそらく当時は50代半ばか後半。今の僕よりすでに年上。
僕は初孫だったのでそれはそれは可愛がられたらしい。「らしい」というのは僕はばあちゃんとごく普通に接していたので、自分では分からなかった。周囲の人に言われて、そんなもんかなと思うだけだった。
両親は共働きだったので、僕と弟はいつも小学校から帰るとばあちゃんからおやつをもらっていた。(じいちゃんもいたが、足が悪く、無口で、ほとんど自室にいたのであまり言葉を交わした記憶がない。早くに亡くなった)。
どんなおやつを食べていたか細かくは覚えていない。でも、大韓航空機爆破事件の犯人の金賢姫が両脇を抱えられて連行されているニュースを、ブラウン管のテレビで見ながら、ばあちゃんが温めてくれた肉まんをぱくついていたことだけは鮮明に覚えている。
ばあちゃんには僕が両親や親戚から聞いた数々の逸話がある。
・母が子どもの頃、ばあちゃんに「文房具屋でカッター付きのセロテープ買ってきて」と頼んだら、「カッター付きテープ、カッター付きテープ」と覚えながら出かけたばあちゃんは途中で何に気を取られたのか、店で「シャツ付きテープありますか」と聞いてしまい、店員に「う〜ん、そういうのは置いてないですね」と言われすごすごと帰ってきて、母と喧嘩になった。
・同じく母が子どもの頃、母の弟が楽しみに残していたおやつをばあちゃんは平気で食べた。
・親戚の法事の引出物が重たくて、帰りに川へ丸ごと投げ捨てた。この逸話は父方の親戚にも知れ渡っており、“思い切ったことをする人”と皆に認識されている。