【短歌とエッセイ】服部真里子「斜め後ろが事故物件」
[次世代短歌プレミアム]
■歌人プロフィール
服部真里子(はっとりまりこ) @hanzodayo
1987年横浜生まれ。第一歌集『行け広野へと』(2014年、本阿弥書店)にて、第21回日本歌人クラブ新人賞、第59回現代歌人協会賞。第二歌集『遠くの敵や硝子を』(2018年、書肆侃侃房)。
[短歌とエッセイ]
斜め後ろが事故物件
服部真里子
エッセイの内容がどの程度事実に基づいているのかというのは、しばしば取り沙汰される問題であるが、当エッセイのタイトルに関して言えば、正真正銘100%の事実である。某人名の事故物件サイトで確認した。
となると当然、気になるのは幽霊である。今のところ、それらしき存在に出くわしたことはない。
「服部さん、幽霊はいないよ」
と、目にしずかな光を湛えて私を諭したのは、職場の先輩である。
「だって、今までどれだけの数の人間が死んだと思っているの? その中には、ニュートンとかアインシュタインとか、めちゃくちゃ頭のいい人だっているんだよ。だったら誰か一人ぐらい、死んだ後にこの世に戻ってくる方法を考えついているはずじゃん。それがいまだに実現してないってことは、死後の世界はないんだよ」
蒙を啓かれるとはこのことか──。側頭部を棒で殴られたような衝撃だった。有史以前より、多くの人を悩ませてきたであろう永遠の問い、「幽霊はいるのかいないのか問題」に、ついに決定的な解決がもたらされたのだ。この歴史的瞬間に偶然居合わせた者の義務として、私はしばらくの間、誰かれとなく先輩の完璧な理論を語って聞かせた。
しかし、である。
「そうとは限らないんじゃないでしょうか」
Nロク社──うつくしい詩集や歌集をいくつも出している出版社である──のM井さんは、すだちうどんを取り分ける手を止めて言った。
「世界には、これだけたくさん頭のいい人がいます。でも、まだ誰も戦争をなくす方法を思いついていないじゃないですか。死んだ人たちだって、この世に戻ってくる方法を、まだ思いついていないだけかもしれませんよ」
なんということであろうか──。私の額を、ひとすじの閃光がまっすぐに貫いていった。まったくもって、その通りではないか。反論の余地がない。
いったいどうしたらいいのだろう。私は動揺した。幽霊が存在する可能性にではない。幽霊はぶっちゃけどうでもいい。私はただ、自分のたったひとつの魂をあずけるに値する、揺るぎない真実にたどり着きたいのだ。
翌朝、私が真っ先に向かったのは、先輩の席だった。真実をもたらしてくれる可能性がもっとも高いのは、かつて真実をもたらしてくれた人だと判断した結果である。会社に着くなり息を切らせて走ってきた私を、先輩はきれいな両手をデスクの上に重ね、少し悲しそうに見上げた。